2008年8月11日月曜日

2008 0811/1999の其の1の① 『みんな、自分がやらなくても、たぶん誰かがやってくれるだろうと、考えてはいないか』 ミョンボ語録

 こんにちは、Takahashi KENT/高橋建登です。
 最初に仕事をした選手は洪明甫(ホン・ミョンボ)現韓国五輪代表コーチでした。

 1997
6月から200112月まで、4年7カ月。常に側にいたわけです。
 その後のミョンボは、2002年に韓国に戻りワールドカップでの活躍。ロサンゼルス・ギャラクシーでプレー。2004年末に現役引退。
 代表チームのコーチとして2006年ワールドカップにも参加。
 連絡は欠かさず、たまに会う関係でしたが、また、一緒に仕事したいな、と思っていたら2006年11月に実現しました。
 韓国U-21代表と日本U-21代表の親善試合です。
 Takahashi
 KENT/高橋建登は、韓国チームのリエゾンを任されましたので、再び緊張感を持って国立競技場にチームバスで乗り込むことが出来ました。
 写真はその一ヶ月前、日本U-21代表と中国U-21代表の試合を視察に訪れたときのものです。
………………………………………………………………………………

さて、これからが本番。「ミョンボ語録」掲載です。
「ミョンボ語録」は、柏レイソル時代に不定期に、柏レイソルのオフィシャルホームページに掲載された、text by Takahashi KENT/高橋建登、の長めのコラムです。注目度は別として『オシム語録』の前ですよ。
ミーティングでの一言、試合でのひとこと、いろいろな場所でミョンボが語った言葉をまとめたものです。
他人の心を動かすためには、やる気を出させるためには、何が、どんな一言が必要か……常にミョンボはそういうことを考えていました。
そしてチームを鼓舞して戦いに臨んでいました。
心に響く珠玉の短編です。
………………………………………………………………………………………………………………………



 1999年のナビスコカップ、決勝進出を賭けて柏レイソルは名古屋グランパスと対戦していた。
 第1戦は9月29日、名古屋グランパスのホームスタジアムである名古屋市瑞穂陸上競技場で行われた。
 晴、弱風、気温26度、湿度70㌫。
 先制点は柏レイソル。前半10分に左ウィングバックの平山智規が相手DFのクリアボールをカット、これを前線の北嶋秀朗につなぎ、北嶋が相手DFと競り合いながらシュートを決めた。
 32分、加藤望がヘディングシュート。相手DFがゴール内でクリアしたが、その前にボールは完全にゴールラインを割っていた。2-0。
 34分に望月重良に1点を返され2-1とされた。
 勝負を決定づけた3点目は名手・ストイコビッチのバックパスのミスをFWの加藤望が持ち込みシュートをあっさりと決めた。
 終わってみれば3-1で柏レイソルの圧勝だった。
 しかし、名古屋グランパスの実力を考えると「こんなものだったのか?」と何か物足りなさを感じたのは決して一人だけではなかったと思う。いつのもグランパス「どこか違う」と。このままでは終わらないのではと感じたプレーヤーも多かったはずだ。
 そして、その予感は……………
 【続きは明日です】
textphoto by Takahashi KENT/高橋建登 無断転載を禁じます

2008-08-11 00:29  nice!(0)  コメント(1) 
コメント 1
いいね by いけだ (2008-08-11 16:10) 

0 件のコメント:

コメントを投稿